2017年11月2日木曜日

魂について

Wikipediaによると、魂は、古代ギリシアの言葉で、プシュケーというらしい。プシュケーは、もともとは息を意味しており、転じて生きること、命、心、魂を意味するようになったらしい。また、日本語でも、生きるという言葉は、息が原義だと考えられているらしい。どちらにしても、息から心や魂を意味するようになったのは、ギリシア語に特有のことであろう。

プラトンの記すソクラテスは、魂という言葉を多用するので、ギリシア語では、魂は、息や命を意味するということを知っておくことは大切なことであるように思う。

魂というものがあるのかどうかという問題に対して、ぼくは肯定的である。来世もあるように思う。しかし、輪廻転生については、あまり肯定的ではない。どちらかと言うと、来世は、空間が六次元になるとか、時間が二次元になるとか、その他、現世に対して、超越的なものであるように思う。しかし、そのように確信しているというわけではない。

魂は、もっとも自分らしい自分であるように思う。魂と理性の異なりは何であるかという問題はむずかしい。ほとんど異なりはないように思う。同じようなことの異なった側面であるように思う。理性というものを拡大解釈しているように思われるかもしれない。確かに、そういうところはあるように思う。しかし、ぼくは、どちらも同じようなもののことであるように思う。